分かりにくい人と思われるせいでストレスフルな毎日をおくっている方へ

カウンセリング

現代は分かりやすいものが求められる時代です。自分の感情が分かりやすく説明できないと恋愛や就職、その他もろもろ不利になることが多いです。分かりにくい人なせいでストレスフルな毎日を強いられている人も多いでしょう。分かりやすさが大切です。では分かりやすさとはどのようなものを指すのでしょう。イメージでは話が分かりやすくて面白い人のようなものがパッと浮かびますが・・・。

分かりにくい人ってどんな人?

そもそも分かりにくい人ってどんな人なんでしょうか?

例えば哲学や仏教や数学や理科などをずっと勉強していて、世の中に思うことがあり、TwitterやFacebookなどSNSで毎日のように発言、時には論争しているような人をイメージするでしょうか?

違いますか?そうですね、彼らは確かにパッと見分かりにくいことを言っている人が多いですが、何かを伝えるということにおいては長けている人たちばかりです。自分が伝えたいことを世の中に伝えたいからこそネットで日々発言を繰り返し、そしてSNSの性質上支持を集めれば集めるほど意見は拡散されるので、友達など身近な人の意見でない限りは、あなたの目に誰かの意見が入ってくる時点である程度支持されていることになります。

そういう人たちとは分かりにくい人というのはまるで性質が逆です(とはいってもSNSでは積極的でもリアルではまるで正反対の性格をしていて、今から説明する分かりにくい人に属するのかもしれませんが)。

ネット上で日々難しい話を繰り返しているような人は分かりやすい人ではありませんが、知識の蓄積があり、言うべきことを持っている人が多いです(もちろん全てではありません)。今回はそういう人のことを説明するわけではありません。

分かりにくい人というのは分かりにくい話をしている人ではなく、自分の胸の内を話さない人のことです。自分の胸の内を話すことはいわば自分の主張を行うことであり、それをしないということは主張がないということになります。何も喋らなくても誰か他人に自分の考えが伝わるなどということは現代ではあり得ませんから。何かを言わないと誰にも何も伝わりませんし、何も伝わらないということは何を考えているか分からない人としてあなたが接した人からは記憶されます。

胸の内は話さないといけないのか?

自分の胸の内を話さないことが悪いことかというと、決してそういうわけではありません。むしろ私などは胸の内を話すのが下手なシャイな人の方が人として好感を持てます。

全てのシャイな人が好ましいというわけではありませんが、少なくともシャイであるということは心の内を言語化することが下手だからこそシャイなのであって、言語化できない程に複雑な胸中をしているということが多いのです。

だからシャイな人の方が打ち解けてみると面白い人である可能性が高いので、上手く主張ができず「ぐむむ・・・」ってなっている人をみると面白い人なのかな?とつい期待してしまいます。

面白い人は生きにくい

ただ私がいう面白い人というのは、要するに普段言語化できていない部分が他の人より複雑だからその辺りが上手く言語化できる、つまり打ち解けられれば面白いということであって、シャイな人はほとんどの場合そこまで他者に胸の内を明かさないため、面白い人とも認識されませんし、主張のないネクラな人くらいにしか思われないことが多いでしょう。

だから面白い=自分の胸の内を簡単に言語化できない=結果的に中々主張ができない人は、社会において生きづらさを抱えるリスクが高いのです。手探りで森の中を歩くような不安が耐えず抱えているようなものですから。

分かりやすい人は主張が上手?

では逆に分かりやすい人は主張が上手なのでしょうか?

そうです、主張が上手なのです。

ただ主張が上手な人は必ずしも常に主張したいことがあるというわけではありません。自分が伝えたいことを人に伝えるのが上手というだけであって、むしろ言いたいことの総量は分かりづらい人の方が多いかもしれません。理由は分かりにくい人は言葉にできない何かを常に有しているため、一度伝え方を覚えれば伝える言葉があふれ出てくるからです。

だから伝えたるのが上手で主張が上手なのに発言そのものはありふれていることばかりという人がたくさんいて、その正反対に伝えるのが下手で主張も下手だけどその伝えきれない何かがひとたび発されると誰もが着目せざるを得ないような人もいます。性質が分かりやすい人と分かりにくい人では真逆であることがケースとして多いのです。

ただ性質が当てはまるのはケースバイケースである

ただ当然ながら、稀ではありますが伝えるのが上手で主張も上手で発言もすごい人がいて、その一方で伝えるのが下手で主張も下手で言葉にできない想いを発してみてもありふれている人も決して少なくありません。そしてこれらは自分が属している集団によって性質をころころと変えたりするため、人の性質を簡単に判断してしまうことそのものがリスクを伴うものであり、安易にそれをやると一瞬で人間関係や個人の心情を簡単に崩壊させることがあります。だから他人をこうだと決めつけるのは実は危険なことなんですよ。

ケースバイケースとはどういうことか

人間の性質は一概に簡単にこうと決められるものではないのです。例えば主張の上手な人は集団でリーダーになったりプレゼンを行ったりする機会が多いです。

リーダーに必要な資質を有しているからですが、ただリーダータイプの人ばかりが集まると、その人は決してリーダーに適しているとは言い難く、他のもっとすごいリーダータイプの人たちから主張の下手な人として扱われるかもしれません。

特定の集団でしか過ごしたことがない人が他の集団に入る機会があると井の中の蛙大海を知らずというような結果になりがちです。

逆にある集団で分かりにくく主張が下手な人でも、違う集団に属せば逆の印象を持たれ、自分のことをすっかりと主張ができない自信のない人と思い込んでいるような人でも、その集団で過ごしている内にあれよあれよと自分に自信を持ち、主張の上手な人となっているかもしれません。

人間の性質は自分が思っている性質に規定されるというよりは、周りによって規定され、作られるのです。

属している集団が変われば性質も変わる可能性が高い

属している集団が変わればあなたが持つ性質も変わるかもしれないので、だから自分が主張が下手な人間で自信がなく、そのせいで他者からの扱いが悪くストレスフルだ、という人がいればそれが心の底から嫌なのであれば属する集団を変えてみることが一番の解決策だったりするのですが、誰もが現状自分が過ごしている集団を簡単に変えられるわけではありません。

学校や職場、または家族など簡単にころころと変えられるならば苦労はありません。だからあなたは今属している集団の中で何とかして分かりやすく、主張を上手にやっていかない限りは現在主張が下手なことを要因として悩んでいるならば、それを解決した!という想いにはとてもなれず、辛い時間を過ごし続けることになってしまいます。

特に分かりにくいタイプの人間であることに苦悩がないのならそのままでいいと思います。むしろそういう人は分かりやすい生き方なんてしない方が大物になるかもしれませんから。

分かりにくく主張が下手な自分を何とかしたいなら

主張が下手なことが原因で苦しんでいる方は、何とか自分を主張できるように確実な一歩を踏み出しましょう。

先程分かりやすい人は主張したいことがたくさんあるわけではなく、主張が上手だと述べましたが、別にそういう人であることを特別意識しているというわけではありません。殆どの場合はそうです。

ただある程度年齢を経てくると、そういうことも訓練次第で覚えられると知っている人は訓練しますので、元々そうじゃなかった人でも分かりやすく伝えるテクニックを持っていることがあります。

だから現在主張が下手な人でも訓練すれば分かりやすく主張を伝えることができるようになる可能性が高いのです。

主張はあるかないかというよりも、するかしないかなのです。実はテクニック的な意味合いが非常に大きいのです。

分かりにくい人が分かりやすく主張するためのテクニックとは

分かりにくいと人から思われやすい人でも主張するためのテクニックを身に着け、それを実践できるようになれば徐々に人からの印象が変わってきます。

人からの印象を変えることが生きやすさに繋がっていきます。なぜなら多くの人に良いイメージを持たれればそれだけストレスが軽減されるからです。

では主張するためのテクニックはどう身につけるのか。

これは難しい問題です。なぜなら小手先の問題ではないからです。例えば面白い話をいくつも持っていたとしましょう。ただ分かりにくい人はそれが相手に上手く喋れないから問題なのです。喋る内容ではなくただ喋ることが大切になってきます。

身体で覚えることが大切で、どんなときに何を喋ったら良いかと考えながら喋るのはあまりおすすめしません。なぜならそれができるなら既にできているはずだからです。テクニックはテクニックでもどんなときにどうするというテクニックではなく、内容は置いておいていかに喋るかというテクニックのほうが大切なのです。

カウンセリングは喋る練習にもなり得る

カウンセリングは自分が喋りたいことを上手く喋るための練習の場にもなり得ます。もし喋ることが苦手なら、一度カウンセラーを相手に喋る練習をしてみてもいいかもしれません。

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