HSPの人はカウンセリングを受けたほうがいい理由

カウンセリング

自分のことを振り返ってみると、HSP的な資質がとても強かったんだろうと思います。今はそれなりに年もとったので、思春期のような抑えられない不安感のようなものはなくなりましたので、特にHSPに自分の性格があてはまるわけではありませんが。

私が思春期の頃は今のように何か不安を感じたら誰かに相談するというような社会の空気はなかったので、自分で内に潜む言葉にはできない何かを何とか飼い慣らし、生きにくい世の中に対応していくしかありませんでした。

だからこそ、自分の過去のことを思い起こせばという話ですが、HSPかもしれないと思うことがあるのなら、特に思春期の方は早めに相談した方がいいと思います。理由はろくなことを考えないし、ろくなことをしないからです。

相談はするべき。ただし相談相手が重要

ただ相談するにせよ相談相手というのは非常に大切で、相談相手を間違えると相談しなきゃよかった、と後悔してしまいます。相談するならば口の堅い(これ大事)友達が一番ですが、いなければ信頼できそうな学校や塾の先生でもいいでしょう。親や兄弟も良い相談相手です。

相談をするときに重要なのは、相談相手を信頼できているかどうかということです。信頼できていないなら相談そのものをしない方がいいです。信頼できない相手に自分のナイーブな部分を知られることは時と場合によっては後の生き方を決定づけてしまうくらいに心に悪影響を及ぼします。例えば言われたくもないことを言いふらされたりですね。

信頼できる相手がいないならプロへ

ただいきなり精神科を受診するのは行ったことのない人にとってハードルの高いことです。ハードルの高さを特に感じないというのであればいきなり精神科を受診するのも有りですが、私が様々な人と話をした実感では、多くの人が精神科の受診に抵抗を感じています。

ですから精神科を受診することに抵抗を感じるのであれば、まずは敷居の低い場所を頼るのが良いと思いますし、カウンセリングは敷居の低い場所として機能するべきであると考えています(現在そうなっているかはともかくとして)。

カウンセリングをはじめとする敷居が低い場所で、精神科を受診するべきと判断されたらそれとなく促してくれるかもしれませんし、逆にいえばそこまで重度でない限りは精神科を受診しなくてもカウンセリングで十分です。

心の悩みというのは本来ファジーで微妙であやふやなものですが、心の悩みという本来あやふやなものを病とすることで、あやふやではなくはっきりくっきりとしたものに変化します。その方が良いと思う人がいる一方で、それは良くないと考える人も多く、個人的には無理にくっきりとさせない方がいいのではないかと思うので、いきなり精神科などを受診するよりはその手前の防波堤的なサービスを利用すれば良いのでは、という立場です。もちろん医師の誰もがくっきりとしたイメージを押しつけてくるというわけではないのですが。

相談したくなかったら無理にしなくてもいい

ただこのように書くと、精神科は置いておいて、なぜHSP気味の人は相談をした方がいいのだろうと疑問に思うかもしれません。そんなことまるで考えもしなかったのに病院やカウンセリングの話をされてもと思う人もいるかもしれません。

精神科という話を出したのは病院とカウンセリングを結びつける方が多いので、一応述べました。個人的にはカウンセリングと医療は切り離して考えるべきものだと思いますが、今の世の中両者は大抵結びついているので難しいですね。私は特に医療とは関係ありませんが。

あとこれからいろいろ述べますが最初に断っておきます。相談したくなかったら無理に相談しなくてもいいです。何事もそうですが無理はよくありません。相談してみたい、と思ったときに相談してみたい人を頼るのが最も望ましいです。ただ自分がHSPかもしれないと思うならば、一度誰かに自分のことを相談することをおすすめします。理由はHSPという気質に由来します。

HSPとは?

HSPはハイリー・センシティブ・パーソン(Highly sensitive person)の略で、一言でいうと感受性が強い人のことを指します。

アメリカの心理学者のエレイン・N・アーロン博士が1996年に発表しました。繰り返しますがアーロン博士は決して病気の一種とは断言していません。飽くまで気質であり、5人に1人にその傾向が見られるという非常にありふれたものとして説明しています。

ただ感受性が強い人は自身の感受性に早い内にどうにかして折り合いをつけておかないと後の人生がやっかいなものになる可能性が高いです。平たくいうとこじらせてしまう可能性が高いのです。こじらせてしまう可能性が高い理由を知るには、感受性が高い人はどのような傾向があるのかを知りましょう。

HSPの人の傾向

HSPの人はどのような傾向があるのでしょう。アーロン博士の分類を用いると非常に細かくなるのですが、特に研究者でもない限りそこまで細かくHSPについて理解する必要はありません。

取りあえずこれだけ知っておけば大丈夫!と個人的に感じた傾向のみを幾つかあげていきます。

友達が少ない

友達が少ない、若しくはいない人はHSPの傾向が強いです。HSPの人は浅く広い付き合いが苦手だからというのが理由です。浅く広い付き合いが下手ということは初対面の人と簡単に打ち解けることができない場合が多く、自然と深く狭い付き合いばかりになり、友達の輪が広がりにくいため、結果的に友達が少なくなりがちです。

空気に流されやすい

友達が少ない割に空気を読もうと頑張るので、結果的に場の空気に流されやすいです。場の空気に流されやすい割には空気を読めていないので、気を遣っているのに嫌われてしまうなどいろいろと救い難い状態になりがちです。だから生きにくいと感じることが多くなるのも当然といえば当然です。

光や音に敏感

HSPの人は光や音に敏感です、と定義されていたので一応記していますが、この部分はHSPかどうかという判断においてはさほど重要じゃないのではないかと思います。

ちょっとまぶしいとイライラしたり、音がうるさいとイライラしたりする傾向があり、生きづらさを感じるのであれば気持ちの部分で考えるよりもまずは眼科や耳鼻科を受診した方がいいのではないでしょうか。

自分の感情をうまく伝えられない

自分の感情を100%誰にでも言葉で伝えることができるならその人はプレゼンの天才なのでスティーブ・ジョブズを目指すべきですが、普通の人が平均して50%自分の感情を言葉に乗せているとすると、HSPの人は20%くらいしか伝えることができていないことがほとんどです。自分の感情がうまく伝えられません。だから何を考えているか分からない人という印象を他人に与えやすいのです。

優しすぎる

優しいといわれると人は悪い気がしないものですが、要するに便利のいい人として使われやすいということでもあります。無理な頼みも「これを聞いてもらえないと怒られてしまう」とか相手の背景を知ってしまうと無下に断れなくて、嫌なことも引き受けてしまいがちです。優しい人という印象を与える代償として買いたくもないものを買わせられたりするの嫌でしょう。

自由でありたい

自由でありたいという言葉でくくると何とも漠然としすぎていますが、要するに他者やシステムからの干渉に過度にストレスを感じるタイプのことです。

あれをしろこれをしろという指図に対し、強烈な嫌悪を感じてしまいます。それは人に限らず校則や社則のようなものでも同様の反応を示します。

反抗的というのではなく、それが過度にストレスになってしまっています。

薬に対する抵抗感が強い

病院へ行くと症状に併せた薬剤が処方され、それによって症状を緩和していくような治療法が採用されることが一般的です。が、HSPの人の場合、薬剤に対する抵抗感が強いらしく、薬を服用しながら病院へ通っている内に次第に薬に対する疑心が強くなっていき、製薬業界の陰謀を唱え出したり、精神病は作られた病なんだ!とか言い出したりする確率が高いのです。ネットを見ていての感想ですが。

もし本当に製薬業界の陰謀だったとしても製薬業界はあまりにも巨大なのでとても勝てませんし、精神病に限らず全ての病の概念は人が作ったものなので、確かに作られた病ではありますがだから何なんだという話です。

薬に対して抵抗を感じるならばそもそも薬を飲むか飲まないかという選択を必要としないカウンセリングを受けた方が病院へ行くよりも無駄なストレスが溜まりません。

HSPの人はどのような生き方をするのが望ましいのか

それぞれの個人の生き方に正解なんてもちろんありません。それでも生き方を意識的に決めることは実は大事なことなのです。

生き方とは-生活する態度・方法。人生に対する態度。

引用:weblio辞書

と辞書にあるように、態度であり方法であるからです。それらは人生において無意識的に行われるものではなく、意識的に選択し、それを研ぎ澄まし、やがて実行されるものです。

例えば学校でいるときのあなたの態度は自然なものかと考えてみましょう。ある程度自分はこのように思われたいというバイアスが含まれていて、それが100%表出されているわけではなく、ある程度は自身の願望が加味されているのではありませんか。

何かに対する方法についても同様で、方法に対する選択肢が増えるほどに自分で意識的に方法を選択しそれを行うものです。そう考えればおのずと自分の資質に見合った生き方をするのが望ましいということが理解できるのではありませんか。

無理に強がらない

人間強くありたいと願うのは当然のことで、弱くありたいと願う人は基本的にいません。弱くありたいと願っている人も少数ながらいるけれど、それは個々の思索の果てでありいわば人工的なものなので、自然に湧いてくるものではありません。

生きていていろいろと考えた結果そう思うようになったのだろうということで、弱くありたいと思うような余りにも人生について考えすぎてしまった人生にならない限り、弱くありたいと思うことは生きていく上で必要のない願望です。何だかんだ人間は自分の願ったような人生をおくるので(思わないことは実行すらされないから)、弱くありたいなどと思っていると本当に人生の序盤に社会のメインストリートから爪はじきにされてしまいます。

じゃあ強い自分を演出すればいいのかという話ですが、それも違います。なぜなら強い自分を見せようとするとどうしても過緊張気味な態度となってしまうからです。HSPの傾向がある人はストレスをためやすいので、過緊張気味であることで余計に疲れやすくなってしまいます。だからストレスから離れたいなら、元々無理に強がらないことが一番です。

鈍感であろうとしない

HSPの人は感受性が強いので別にこのような記事を読まなくても大体の人は感受性の強さが生きづらさを助長していることに気づいているはず。ただそれに気づいた後が問題なのです。

大半の人は感受性を押し殺そうとします。不思議なことに大半の人がです。感受性が強いからいろいろなものを必要以上に受け取ってしまい、ストレスフルになりがちなわけだから、そのストレスを減らすための処置としては当然といえば当然なのですが。ただ感受性を押し殺そうとすると鈍感にならざるを得ないし、その鈍感さは時として致命的に判断を鈍らせてしまいます。

HSPの人はむしろその感受性の高さを武器として生きていくべきです。それを自分から捨てるような生き方は絶対に避けてほしいですね。

世間と折り合いがつけられないことから逃げない

世間と折り合いがつけられないことに少なからず悩んでいなければ自分はHSPではないかとすら思わないはずであるから、もしかしたら自分が世の中をうまくやっていけないのは世間のせいだと考えているかもしれません。

やれ世間が悪いとか、自分のことを理解しない周りが悪いとか。それはある意味事実で、世の中は確かに最悪です。しかし世の中が最悪だからといって自分まで最悪である必要はありません。

そしてそんな最悪の世の中で人生をやっていかなければいけないのです。ただ勝手に人生を諦めるのは他者に対して迷惑極まりありません。自堕落に生きることで親に迷惑をかけるだろうし、何かに付け怒鳴り散らしていると周囲の人に迷惑だし、かといって誰かにいじめられ全てを略奪されるような生き方は余りにあなた自身に迷惑です。

世間と折り合いをつけるということは誰にも迷惑をかけないということでもあります。そのためには自立することが大切です。自立といったって単に社会に出て1人食べていければいいというものではなく、自分の人生に納得しながらでなければ余りにも生きていてつらいものです。

人は生きていてつらいことがあると何事からも逃げ腰になってしまいがちです。勉強がつらいから何かを辞めたり、学校がつらいから登校拒否したり。別にそれは必ずしも悪いことではありません。どうしようもない環境からは逃げるのが得策です。

ここでいう逃げるというのは妥協しないということでもあります。目標や成りたいものが誰しもあるでしょう。たとえそれはかなわなくても、それに成るための努力を続けていたとしたらあなた自身の能力はかなり向上していて、幾らでも応用が利くはず。自分はどうせできないと思いこんでやりたいことをはじめから諦めてしまうのは人生の損失です。今やっていること自分のやりたいこと、成りたいものから逃げないようにしましょう。

HSPは結婚や恋愛はできない?

自分はHSP的だから結婚恋愛はできないんじゃないかと考えてしまうかもしれません。ただちょっと待ってください。一呼吸置いて考えてみましょう。例えばアーティストなんかは感受性が強くないとできないから大体HSP的といえば的ですよね。でも恋愛もしているし結婚もしています。むしろモテモテですね。売れていなくても追っかけがいるようなアーティストはたくさんいます。

だから恋愛や結婚には余り人としての資質は関係がありません。ドロップアウトして世間のここからはみ出たら地獄というレールから外れない限り、大体の人はそれなりに生活をやっていれば幾度かは機会が訪れるものです。

HSPの適職は?

人は職業を選ぶときどのような基準で選ぶのでしょうか。例えば私の場合はじめからカウンセラーになりたかったわけではありません。というかまあ複業が推奨される時代なので、カウンセラーは数ある職業のひとつという感じですが。

職業がどうという基準よりも、まずフリーで生きることを考えました。集団行動が苦手だったし、会社内の出世争いのようなものが無理と思ったからです。

だからフリーで生きるためにはどうすればいいかを考え、フリーで生きていくために必要なことを勉強し実行しました。結果、紆余曲折あってカウンセラーができるようなスキルが身についたのでやっているというだけです。

カウンセラーといえば学校病院で働くイメージがあるけれど、私はそのどちらにも属したくなかったのでフリーでやっています。理由は面倒臭そうだからです。

私はこの手の知識を得るのが元々好きだったから結果的に仕事になっていますが、本当に強く思うことですがHSPにしろ何々障害にしろ、その手の知識を身につけるのだったらカウンセラーなり、福祉職なり医療職なり目指した方がいいと思いますよ。本当に。

自分のことを解決しつつ、結果的に自分が身につけた知識が役立つ職業を目指すってすばらしいんじゃないですか。そうしないと余りに世間で生きていてもこの手の知識スキルは使う機会が少ないです。簿記の勉強でもしていた方がよほど応用が利くんじゃないでしょうか。

だからHSPの資質以前として、この手のことに興味があるのなら福祉系の援助職である社会福祉士精神保健福祉士、医療職である看護師理学療法士作業療法士言語聴覚士薬剤師医師とかいいと思いますよ。もちろん公認心理師臨床心理士認定心理士を目指すのもおすすめです。

ただ余りこの辺りの人たちに相談してもその辺の仕事を勧めてくる人はいないので注意しましょう。人は自分がやっている仕事を人に勧めたくない傾向があるので。自分の仕事にプライドを持っている人ほどそうですね。

あとは倍率高いところを狙うならばアーティストなんかもいいでしょう。最近は専業じゃなくてもアーティスティックな活動をすることで本職にプラスに作用している人もたくさんいますから、無理にプロを目指す必要はありません。

営業職とかは辞めた方がいいです。どこかで鈍感にならないとやっていけない職種だから、多分その鈍感になる過程に耐えられないと思います。もちろん内容によりますし、耐えられる人は耐えられますけどね。

あとある程度スキルがないと就けない仕事を目指した方がいいです。デザイナープログラマーはできることが増えるとそのまま仕事に反映しやすいので、スキルを磨きながら仕事を続けられます。プログラミング言語の習得は今は無料でできるところもあるし、かなりやりやすくなっています。

感受性が強いということは考えることが多いということでもあります。つまらない簡単な仕事を淡々とこなすことが面白いとは絶対に思わないタイプはスキルの低い仕事に就いても大体長続きしません。

と一般的なことを述べましたが、飽くまでアバウトに一般論を述べたに過ぎません。マンツーマンでやり取りしていてあなたの人間性がある程度分かっているならもう少し具体的なことも答えられるかもしれませんが、ここまで述べたことは誰に対しても50点が取れる回答であり、いわば平均点を出しているに過ぎません。

そして最後に重要なことをいいます。人間は変わるものです。だから現在HSP的だからといって、10年後もHSP的とは限らないというのが正直なところです。生き方次第でどうにでも変わります。もちろん変わらない人もいますが。

だから仕事のことを考えるなら、私が適職として挙げてみたものを目指してみるのが無難とは思いますが、あなたが嫌だと思うならあなたが今やりたいと思っていることを目指した方がいいです。なぜなら、嫌だと思っていることをやるのってすごく効率が悪いからです。

ここで書いているようなことはあくまで参考でしかない

ここで書いているようなことは飽くまで参考でしかありません。知っておいた方がいいことではあるけれど、ただ知っているからといってその後の人生を決定的に変えるという類いのものではありません。

なぜなら新たな知識を得ても得た知識を実生活で実行に移すにはきっかけが必要だからです。知識を得て新しいことをやるということは多くの場合生活をがらりと変える可能性があるからなかなかできるものではありません。恒常性というのが人間には備わっていて、今の自分を崩さないように働きかけるので、現状を取り巻く自分自身を壊すのはとてつもなくエネルギーを必要とするのです。

だからそのきっかけが欲しいなら誰かに相談するか、相談する人がいなければカウンセラーに相談してみるのがいいかもしれません。

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