カウンセリングは治療行為なのか?

カウンセリング

*書きかけの記事であり、治療に関する考え方として提出するテキストとしてはあまりにも不完全です。アクセスがあまりないので日常の合間合間に編集すれば良いかと思ってそのままにしています。不快に思われた方などいらっしゃいましたらご一報頂ければ削除しますので、よろしくお願いいたします。

カウンセリングを受けようとする方は、カウンセリングにどのような期待をこめているのでしょう?もしかしたら病院で行われる薬物治療のような直接的な効果を期待しているかもしれません。

ただ、治療の意味を考えてみれば自ずと分かることですが、病院で医師が行う治療とカウンセラーが行うカウンセリングではその目的及び効果は明確に区別されるべきなのです。更にいえば病院でカウンセリングを行うカウンセラーは医師の指示の元でカウンセリングを行うことになっているので、病院外でカウンセリングを行うカウンセラーとは厳密にいえば異なることをしています。ひとことで言えば、仕事が違います

治療という言葉には一般的に以下のような意味合いが含まれています。

身体の異常を引き起こしていると考えられるウイルスや細胞の除去・抑制

引用:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ここではかなり単純化して説明しますが、辞典をそのまま引用しますと、身体の異常(症状)に対するウイルスや細胞の除去、細菌の発生の抑制が治療行為に該当します。仮に体内にウイルスが繁殖していることで発熱などの症状が出ていれば、薬などを用いてウィルスを除去し、症状を回復に向かわせることが治療です。

外科的治療や精神科で行われる心理療法などはアプローチが異なりますので、ウイルスや細胞の除去のみをもって治療とはいいきれませんが、ここではテレビやブログくらいでしか治療に関する知識を有しない方に向けて分かりやすく説明することを目的としていますので、治療ってどういうことかと思っていたけれど体内の異物を取り除くことを指すんだなあくらいに何となくイメージしていただければ構いません。

複雑になると状態を分かりやすく一般化するためにあえて病名をつける、などというケースもありますが、そういうのは特に生活者目線で考えても特にメリットがありません。生活者が病気や治療についてコミットするのであれば、第一に考えるべきことは暮らしに役立つかどうかであり、情報社会においては情報量が劇的に増加したことから、無駄な情報を得ることはデメリットであるとさえ考えられています。

何らかの病気を発症したとき、最も最善なのは治療に関する知識を一切有さず、病院で医師の言うことに素直に従い言っていることの一切に抵抗しないことです。医師を信頼するということですが、信頼関係が治療効果に良い影響を与えるというデータはたくさんあり、ならば信頼を阻害する可能性のある知識はそもそも獲得しない方が信頼関係を損ねる心配がなくなります。医療に関する情報は様々にあるため、知識を得ればそれだけ医師に対する不信を抱く可能性があり、信頼関係の構築が難しくなる場合があるからです。

ただ上記についてはあくまで理想論であり、やれセカンドオピニオンがどうだとかいったことが話題となったり、テレビで健康関連の番組が人気であるだとかいった状況を考えると、そもそも人間は盲目的に誰かを信頼することなどできないのであろうし、私もこのようなブログを書いている時点で予想はつくと思いますが、人に対してよく不信感を抱くタイプです。

好奇心や自分のことを解決したいという思いが強く、知識を得た結果現場の医師と対立してしまうということもあるでしょう。知識を得てはいけないなどというアドバイスはあまりにも人間というものを軽んじたアドバイスであり、それが例え正しくとも、そんなことを言う人にこそ全力で不信感を向けるべきでしょう。好奇心や自己解決能力を行使した結果専門家と対立することになるのは状況によっては必ず起こりうることです。

ただ緊急性の高い病においては必ず医療現場の判断に従うべきで、ひとつ判断を間違えると命を落としかねません。私が言いたいのは緊急性の高くない病に関しては自由意志を行使してもいいのではないかということなのですが、何を持ってして緊急性を判断するのかという話ですし、緊急性が高い状態なのに本人が低いと判断した結果命が危うくなる可能性もあるじゃないかというようなことはもちろん考えられますし、だからまあ医師というのは自然と慎重になり、あまりこういったことに関して軽率なことは言わなくなっていくものですが、色々と難しいですね。

医療従事者は白衣の天使などと呼ばれますが、実は体内の異物を殺すことが仕事になっているのです。面白いですが、軽々しく医療職の人に「おめーの仕事は人を救うことだなんていいつつ実際のところはなんかやか殺すことが仕事じゃないか。」なんてちゃちゃ入れすると怒られる可能性大なのでやめておきましょう。

カウンセリングの場合はメンタルと関連して考えられる場合がほとんどですが、身体をメンタルと言い換えれば分かりやすいですね。病院で行われることは、メンタルの異常を引き起こしていると考えられる諸々のことの除去や抑制を目的とするのです。

とはいえ例えば職場内いじめが原因でメンタルを病んだということが明らかな場合でも、精神科のスタッフが職場のあなたがメンタルを病んだ要因の人を除去しようなどとは絶対にしません。お前がいるから〇〇が病んだんだ、お前がいなければ〇〇は病まない、つまりお前を排除すればいいんだ!などといいながらメンタルクリニックのスタッフがいじめの首謀者に襲いかかる、などということはありません。基本的にメンタルクリニックでは脳内物質の正常・異常を問題視します。だから薬を用いて脳内物質をコントロールしたりするわけです。いじめによってメンタルに不安があると言っている、その場合統計的に〇〇の物質に異常をきたしていることが多いので〇〇の薬を使ってコントロールすることを促して様子を見よう、という具合ですね。あくまでもその人のみを対象とし、その人をその人たらしめる脳内物質や神経、または肉体の諸々を扱うのがメンタルクリニックなのです。これはいい悪いの問題ではなく、メンタルクリニックはそういうところなのです。その人個人の身体のことしか扱わないのが病院であり、例えいじめられていることが原因でいじめの首謀者がいなくなればいじめられっ子の精神状態は回復する、と分かりきっていても、メンタルクリニックは関与しません。その辺に病院が関与しだすと色々と問題が生じるからです。医学はどの範囲まで人間を扱うべきなのか、という問題になるからです。

異論あるとは思います。ただここでは、あくまでここではですが、メンタルを治療するという言葉が意味するものは諸々の症状に対し多くの場合どこどこの脳内物質が過不足しているからそれを調整するという意味合いを採用します。

それに対しカウンセリングは決して脳内物質や身体のみを扱いません。体のことはもちろん考慮しますが、それ以外に気持ちの問題や誰と関わっているかなども総合的に考えます。その意味でカウンセリングは治療行為ではありませんが、カウンセリングを受ける方の生活を良くしたいという気持ちを第一に持って行っているものだということを知っていただければと思います。

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